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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)13261号 判決 1989年9月26日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告の経営する東松山カントリークラブの個人正会員としての地位(会員証番号・第六二九六号)を有することを確認する。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同趣旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、東松山カントリークラブと称するゴルフクラブ(以下「本件クラブ」という。)を経営する株式会社である。

2  藤生富三は、昭和三九年九月、被告の代表取締役として、自己との間で、自己を個人正会員とする本件クラブへの入会契約を締結し、これにより、藤生富三は、本件クラブの個人正会員としての地位(会員証番号・第六二九六号、以下、これを「本件会員権」という。)を取得した。

3  藤生富三は昭和三九年九月ころ柿沢実に、柿沢実は昭和四〇年ころ平子忠平に、平子忠平は昭和四四年五月ころ原告に順次本件会員権を譲渡した。

4  藤生富三は、柿沢実に本件会員権を譲渡するに際し、被告代表取締役として、その譲渡を承認する趣旨で、本件会員権の会員証(甲第一号証、以下「本件会員証」という。)の裏面に被告の代表者印を押捺し、また、柿沢実に対しては、同人以降の譲渡を包括的に承認する趣旨で、裏面に、あらかじめ譲受人白地のまま被告の代表者印を押捺していた。原告は、前項記載の経緯で、平子忠平から本件会員権の譲渡(代物弁済)を受けたが、譲受後、本件会員証の裏面の右白地部分に譲受人として原告の名を補充した。

5  藤生富三は、被告会社が定めた条件により、一般の会員と同様の立場で本件クラブの入会契約を締結したものであるから、本件入会契約は商法第二六五条により取締役会の承認を必要とされる取引には当たらないというべきである(仮にそうでないとしても、取締役会の承認のなかったことは、取引の安全を考慮して、被告側にその証明責任を課すべきである。)。

6  原告は、昭和六三年二月一〇日ころ、被告に対し、本件会員権の名義書換えを求めたが、拒絶された。

7  よって、原告は、被告との間で、原告が本件会員権を有することの確認を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  第1項の事実は、認める。

2  第2項の事実は、そのうち藤生富三が被告の代表取締役であったことは認めるが、その余は否認する。

3  第3項の事実は、知らない。

4  第4項の事実は、否認する。

5  第5項は、争う。代表取締役が自己との間で締結した入会契約は無効である(なお、本件においては、取締役会の承認はない。)。

6  第6項の事実は、否認する。

7  第7項は、争う。

三  抗弁

1(1) 仮に被告代表取締役藤生富三が本件会員証を発行したとしても、同人は、代表取締役としての権限を濫用して、被告に入会金を入金する意図なくして自己に本件会員証を発行し入会契約を締結したものであって、同人の権限濫用は、本件会員証(甲第一号証)及び入会金領収書(甲第二号証)に、被告代表者が自己に宛てて発行したものである旨記載されていることから容易に判明したはずである。

(2) したがって、民法第九三条ただし書を類推適用し、柿沢実は本件会員権を取得することはできず、その結果、原告もまた、取得することができないというべきである。

2(1) 仮に原告が本件会員権を取得したとしても、原告が会員となるには、名義書換え手続をする必要があるところ、原告が本件会員権を取得したのは、昭和四四年五月であるから、遅くとも昭和五四年五月末日の経過により、名義書換え請求権は時効により消滅している。

(2) 被告は、右消滅時効を援用する。

3(1) 仮に原告が本件会員権を取得したとしても、本件会員権の内容となっている預託金返還請求権は、原告が取得した後、何時でも行使することができたものであるから、遅くとも昭和五四年五月末日の経過により、時効により消滅している。

(2) 被告は、右消滅時効を援用する。

(3) 本件会員権に基づく本件クラブ施設の優先的利用権は、右預託金返還請求権の存続を前提とするものであるところ、預託金返還請求権が右時効により消滅した以上、優先的利用権もまた消滅したというべきである。

4(1) 仮に原告が本件会員権を取得したとしても、被告は、原告はもちろん、藤生富三、柿沢実、平子忠平に対しても本件会員権を有効なものと認めたことはなく、したがって、また、これらの者を会員として処遇したこともないのであるから、本件会員権は、遅くとも昭和五四年五月末日の経過により、時効により消滅している。

(2) 被告は、右消滅時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

1(1) 第1項(1)の事実は、否認する。

(2) 同項(2)は、争う。

2  第2項(1)は、争う。原告は、請求の原因第4項記載のとおり、本件会員権の取得につき、被告の事前の承諾を得ている。

3  第3項(1)及び第4項(1)は、争う。本件入会契約においては、預託金は五年間据え置き、退会の際に返還する旨の合意がなされている。したがって、原告が退会の意思表示をしていない本件においては、預託金返還請求権の弁済期は、到来していない。

五  再抗弁

1  被告は、乱脈経営のため昭和三九年一一月七日に銀行取引停止処分を受け、その後会社整理が開始され、昭和四七年五月二日に整理終結に至ったが、原告が本件会員権を取得した時点では混乱状態にあって、原告が会員として権利を行使することは不可能であった。

2  したがって、被告の消滅時効の援用は、権利の濫用に当たり、許されない。

六  再抗弁に対する認否

争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

一  請求の原因第1項の事実は、当事者間に争いがない。

二  次に、仮に藤生富三が自己との間で有効に本件入会契約を締結したとしても、柿沢実から平子忠平への譲渡、平子忠平から原告への譲渡につき、被告が事前に承認をしたことについては、これを認めるに足りる証拠がない(本件会員証〔甲第一号証〕の裏面の第二譲渡人欄の譲渡承認欄に顕出されている印影が被告の代表者印であることを認めるに足りる証拠はない。<証拠>によると、被告は昭和四〇年一二月一六日の時点では倒産後の混乱状態にあり、代表取締役につき職務代行者が選任されていたことが認められるので、同欄の印影は、その混乱時に権限のない者により顕出された可能性が強い。)。したがって、原告への譲渡につき被告の承諾があったとはいえないから(本件においては被告の承認拒絶を不当とすべき事由は、これを認めることができない。)、まず、この点からして、原告は、被告との間では、本件クラブの会員としての地位(本件会員権)を有していないことになる。

三  次に、<証拠>を総合すると、被告は、昭和四〇年一二月一六日の時点で本件会員権が有効な会員権であることを否認しており、以後、今日まで、原告はもちろん、藤生富三、柿沢実、平子忠平についても、本件クラブの会員として承認したことも、会員としての処遇をしたこともないこと、他方、原告は、昭和六三年二月一〇日ころまでは本件会員権の名義書換えを請求したことはなかったこと、また、今日まで、会員として会費を支払ったことも、本件クラブにおいてプレーをしたことも、本件クラブの行事に参加したこともないこと、以上の事実が認められる。

ところで、本件クラブの会員としての地位は、これを会員の権利という面からみると、ゴルフ場施設の優先的利用権と預託金の返還請求権(本件においては、資格保証金としての性質を有しており、保証金の返還は据置期間経過後、退会して初めて行われる〔甲第一一号証の三〕。)とを中核とする契約上の権利の総体であり、一種の債権として、消滅時効にかかるものと解すべきであるから、会員が優先的利用権やその他の会則上の権利の行使を認められている間は、預託金返還請求権の存在も承認されていることになるから、預託金返還請求権についても消滅時効は進行しないが、預託金返還請求権を行使することもできるようになっている場合において、会員が優先的利用権その他の会員としての権利の行使を全くしていないときは、預託金返還請求権を含む会員としての権利全部につき、消滅時効が進行するものと解するのが相当であり、その時効消滅に伴い、会員としての地位〔会員の義務としての側面を含む法律関係〕もまた消滅するというべきである(なお、このように解しても、通常の場合には、会員の側になんらかの権利行使があり、また、ゴルフクラブ側にも、会員としての地位の承認と認められる行為があるので〔会報の発送、種々の事務連絡、年会費の受領、会員名簿への登載、会員名の施設内掲示などはこれに当たる。〕、消滅時効が完成することはほとんどない。)。

そこで、右のような観点から、さらに検討するに、原告の主張によっても、藤生富三が本件会員権を取得したのは昭和三九年九月であるから、原告主張の据置期間である五年が経過した昭和四四年九月の時点で原告は預託金返還請求権を行使することができたことになり(前示のように、預託金返還請求権を行使するには、退会しなければならないが、退会は会員において随時することができるので、据置期間を経過した時点で権利の行使をすることができることになったというべきである。)、遅くとも昭和五四年九月の時点で右消滅時効は完成していたことになる(商行為により生じた債権と解する場合には、消滅時効は、昭和四九年九月の時点で完成していたことになる。)。

そして、被告が本件会員権につき消滅時効を援用していること(抗弁第4項(2))は、当裁判所に顕著であるから、仮に原告が本件会員権を有効に取得していたとしても、本件入会契約に基づき原告の権利は消滅し、これに伴い、本件会員権は消滅したことになる。したがって、この点からも、原告は、本件会員権を有していないことになる。

なお、本件全証拠によるも、原告が被告に対して本件会員権を主張することを妨げる法律上の原因があったことを認めるに足りる証拠はないから、被告による消滅時効の援用が権利の濫用に当たるとする原告の主張(再抗弁)は、失当である。

四  よって、原告の請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡久幸治)

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